江戸時代初期、水戸藩二代藩主徳川光圀公が、現在の水戸市見川町、河和田町一帯を流れる川周辺に桜川のヤマザクラを移植して、その地域を「佐久良川(桜川)」としました。後に川の名称も桜川となり現在に至ります。当時光圀公が設定したエリアの中に造成された住宅地が「コモンガーデン桜川」です。コモンガーデン桜川ではこの歴史を尊重して、全てのお宅にサクラを植えて、公園には本家桜川由来のヤマザクラ、集会所には本家桜川青柳の糸桜系統のシダレザクラが植えられました。また、他にも、桜川の石碑がある桜川団地橋児童公園や、桜川沿いの和牛庵様、常磐神社、そして桜川の源流付近の古民家、黒澤永之丞様の桜山にも本家桜川由来のヤマザクラが寄贈されました。
奈良吉野山に次いで1000年以上の歴史を持つ東日本最古の桜名所「桜川」は、山々に咲く名桜の人工的な集積地で、鎌倉時代には「西の吉野、東の桜川」といわれたほどです。万葉集に多数登場する筑波山と同様、都からは歌枕の地として認識されてきました。室町時代には世阿弥(ぜあみ)が制作した謡曲『桜川』によってその威厳は確固たるものとなり、江戸時代には水戸桜川をはじめ、江戸の隅田川や飛鳥山、小金井など桜名所造成の際に、桜川から苗木が献上されました。現在の桜川のヤマザクラ群からは、受け継がれてきた花の文化を感じることができます。
玉川上水の桜並木、通称「小金井桜」。錦のごとく色鮮やかなヤマザクラの満開風景。290年前に吉野山(赤芽)と桜川(青芽)のヤマザクラが移植されて、それが今に受け継がれている桜並木です。国指定名勝地であり、その価値は世界遺産級の桜並木。吉野山系と桜川系を交互に植樹したそうで、現在の並木も葉っぱが赤と青で数本おきに交互にやってきます。が、この時期の青芽は「大島桜系」で「桜川系」ではないようです。桜川・水戸桜川との縁を感じることができる小金井桜。今後、開花時期が後半の青芽のカスミザクラも観賞してみたいと思います。
禁止事項
※当サイト掲載文章及び写真の無断転載、コピーを禁止します。
※使用の際にはサイト管理者(常磐百景PROJECT)に連絡をお願いします。
※当サイトにおいて提供する情報の全体又はそれを構成する個々の文章、資料、画像、音声等には著作権があります。許可なく複写、複製、転載、頒布等の二次利用を禁止します。また、許可を得ての転載の際に、内容を変更、加筆修正等を行うことも同様に禁止いたします。